「長く勤めれば年収が上がる」は本当か
経理という仕事には、「長く勤めていれば、そのうち年収は上がっていく」という考え方が根強くあります。この見方は、たいてい具体的な数字ではなく、周囲の空気から形づくられます。たとえば、10年選手の先輩が新人だった頃より明らかに良い待遇を得ている様子を見て、「自分もいずれああなる」と感じるケースです。あるいは、年功序列的な給与テーブルを持つ会社に勤めていて、勤続年数が上がるごとに基本給が自動的に上がっていく仕組みを日常的に目にしていることも、この通説を裏づける経験として働きます。
さらに、経理という職種そのものが「経験がものを言う仕事」だと語られやすい事情もあります。伝票の処理から決算、税務対応まで、覚えることが多く、実務を重ねるほど任される範囲が広がっていく実感を持ちやすい職種だからです。この「任される範囲が広がる感覚」と「年収が上がる感覚」が、本人の中でいつの間にか結びつき、「長く勤める=年収が上がる」という単純な図式として記憶されていきます。
ただし、こうした実感は多くの場合、20代から30代にかけての経験をもとにしています。この時期は昇給を経験しやすい年代であり、その印象がそのまま「経理はずっとこの調子で伸びていく」という誤解につながっている可能性があります。実際に40代、50代に入ってからも同じペースで年収が伸び続けるのかどうかは、体感や伝聞だけでは判断できません。
そこで本記事では、この「長く勤めれば年収が上がる」という通説を、印象論ではなく公的統計で確かめます。使うのは、厚生労働省の年齢階級別の年収データです。単に各年齢階級の年収額を並べるだけでなく、ひとつ前の年齢階級からどれだけ伸びたか(伸び幅)という列に注目します。年収の絶対額だけを見ていると、右肩上がりのグラフに見えてしまい、「順調に伸びている」という印象を持ちやすくなります。しかし、伸び幅の推移を追うことで、どの年代までは通説どおりに機能し、どの年代からその勢いが鈍る、あるいは止まるのかが見えてきます。
数値そのものは次のセクションで示しますが、先に確認しておきたいのは、この記事の立場です。「経理は長く勤めても年収が上がらない」と結論づけるつもりはなく、「長く勤めれば上がる」という通説がどの範囲まで正しく、どこから当てはまらなくなるのかを、伸び幅という切り口で区切って見ていく、というのがこの記事の進め方です。
20代から30代は、たしかにその通り
この20代から30代にかけての期間だけを見ると、通説はそのまま当てはまります。厚生労働省の令和6年賃金構造基本統計調査によると、会計事務従事者の年齢階級別年収は、20〜24歳で338.0万円、25〜29歳で432.8万円(+94.8万円)、30〜34歳で487.2万円(+54.4万円)、35〜39歳で535.2万円(+48.0万円)と、10年強のあいだに約200万円伸びています。伸び幅も20代後半が最大で、そこから緩やかに縮小していく形です。
この時期に年収が伸びやすい理由は、単純に年数が評価されているというより、任される業務の範囲が短い間隔で広がっていく時期だからだと考えられます。入社直後は記帳や伝票入力といった定型業務からスタートし、数年のうちに月次決算の一部を任されるようになる、という形で担当工程が段階的に増えていくのが一般的です。伸び幅が20代後半に集中しているのは、この時期にできることが最も速いペースで増えていくためだと見ることができます。
ただし、この数字だけを見て「経理は年数を重ねれば年収が上がる仕事だ」と結論づけるのは早計です。35〜39歳までの15年間で見えているのは、あくまで担当できる業務が広がっていく過程での伸びであり、その先も同じペースが続く保証はありません。むしろこの後の年齢階級でどう推移するかを見なければ、通説の是非は判断できません。
なお、入社何年目でどこまでの工程を任されるのが標準的なのかは、会社ごとの体制によってかなり差があります。同世代の求人でどの程度の業務範囲が求められているかは、に相談すると、自分の現在の担当範囲と照らし合わせて確認できます。
40代で、この通説は崩れ始める
20代・30代の伸びを見た後で、40代のデータに移ると、様子が変わってきます。40〜44歳は557.1万円で、前の年代からの伸びは+21.9万円です。35〜39歳までの伸び幅(48.0万円、54.4万円)と比べると、すでに半分以下に落ちています。続く45〜49歳は562.1万円で、伸びはさらに縮んで+5.0万円です。年齢を5歳重ねても、年収はほぼ動かなくなっているということです。
50〜54歳では579.7万円まで一度持ち直し、+17.6万円と伸びが戻る場面もあります。ただしその先の55〜59歳では572.1万円となり、前の階級から−7.6万円と、ここで初めて減少に転じます。20代・30代の右肩上がりのイメージのまま45歳・50歳を迎えると、思っていたほど年収が伸びていない、あるいは下がり始めているという現実に直面する人が出てくる年代です。
あわせて見ておきたいのが、労働者数の分布です。同じ調査で、45〜49歳は66,560人、50〜54歳は72,050人となっており、これが年齢階級別で最も人数の多い層にあたります。年収の伸びがほぼ止まる年代に、最も多くの人が集まっているということです。
これをどう読むかですが、単に「経理はこの年代で頭打ちになりやすい」という話だけではありません。年数を重ねても年収が動かない層に人数が滞留しているという事実は、その年代の会計事務従事者の多くが、記帳や月次決算といった代替されやすい工程にとどまったまま年齢を重ねている可能性を示しています。逆に言えば、同じ40代・50代でも、年収がここで頭打ちにならない人が一定数存在するはずです。その差が何によって生まれているのかは、年齢や勤続年数だけを見ていても説明がつきません。
次に確認したいのは、勤続年数という切り口そのものが年収の差を説明できるのかどうかです。ここまでは年齢階級別の推移を見てきましたが、勤続年数が長い人ほど年収が高いとは限らない、という別の数字が同じ調査の中にあります。
勤続年数で説明できるか
ここまで年齢階級別のデータを見てきましたが、年齢と勤続年数は別の変数です。同じ年齢でも、新卒からその会社に居続けている人もいれば、転職を経てその年齢に至った人もいます。「長く勤めれば年収が上がる」という通説を検証するなら、年齢ではなく勤続年数そのものが年収を説明しているかどうかを確かめる必要があります。これを確かめられる数字が、同じ厚生労働省の調査の中にあります。
| 区分 | 平均年収 | 平均年齢 | 平均勤続年数 | 労働者数 |
|---|---|---|---|---|
| 公認会計士・税理士 | 856.3万円 | 43.1歳 | 11.1年 | 20,210人 |
| 会計事務従事者 | 509.3万円 | 43.4歳 | 12.7年 | 482,860人 |
公認会計士・税理士と会計事務従事者を比べると、平均年齢はほぼ同じです(43.1歳と43.4歳)。ところが平均勤続年数は、会計事務従事者の方が12.7年と長く、公認会計士・税理士の11.1年を上回っています。もし「勤めた年数が長いほど年収が上がる」という通説がそのまま成り立つなら、勤続年数の長い会計事務従事者の方が年収も高くなるはずです。
しかし実際の年収は逆で、公認会計士・税理士が856.3万円、会計事務従事者が509.3万円と、347.0万円の差がついています。年齢がほぼ同じで、勤続年数はむしろ短い側が、年収では大きく上回っているということです。
この数字が示しているのは、勤続年数の長さそのものは年収を説明する変数ではないということです。年数を重ねること自体に価値がないという意味ではありません。前のセクションで見たように、20代から30代にかけては年数とともに年収が伸びていました。ただしそれは「年数を重ねる過程で担う業務が変わっていく」ことの結果であり、年数の経過そのものが年収を押し上げているわけではないと考える方が、この2つの数字とは整合します。
会計事務従事者という区分には、記帳から年次決算まで幅広い工程を担う人が含まれています。その中で12.7年という平均勤続年数を積んでいても、公認会計士・税理士という区分との年収差は縮まっていません。年数では埋まらない差がある以上、その差を作っている変数は年数以外のところにあると見るのが自然です。
差を作っているのは、勤めた年数ではなく担った工程
ファイル書き込み不要のタスクでした。本文をそのまま出力します。ここまでの数字が示しているのは、40代以降は年数を重ねるだけでは年収が動かないという事実でした。では代わりに何が年収を決めているのか。答えは、経理という仕事が実は一枚岩ではなく、記帳、月次決算、年次決算、連結決算、開示・IRという工程の階段でできていることにあります。
この階段には、上に行くほど代わりが利かなくなるという性質があります。記帳や経費精算は外注化・システム化が最も進んでいる領域で、担当していても代替されやすい位置にあります。月次決算はその中間で、年次決算になると決算整理や税務申告の基礎資料作成、監査対応まで含むため担える人が絞られます。連結決算はグループ会社の合算と内部取引の消去という専門性が必要で、開示・IRに至っては有価証券報告書や決算短信を作成できる人材そのものが限られます。年収の水準は、この階段のどこまでを一人で回せるかにほぼ対応しています。
ここで見落とされがちなのが、上の工程に触れられるかどうかは、本人の努力量ではなく在籍先の体制で決まってしまうという点です。たとえば次のようなケースでは、何年在籍しても該当する経験は積めません。
- 決算が経理部長と顧問税理士だけで完結しており、担当者は資料を渡す役割にとどまっている
- グループ会社が存在せず、そもそも連結決算という業務自体が発生しない
- 非上場企業のため、開示・IR業務そのものが社内に存在しない
- 上のポストが埋まっており、空くまで担当が回ってこない
会社に存在しない業務は、どれだけ長く勤めても経験にはなりません。逆に言えば、記帳中心の職場に10年在籍した人より、年次決算を3年回した人の方が評価されることも起こり得ます。判断材料になるのは在籍年数ではなく、職務経歴書にどの工程を書けるかです。今の職場でどこまでの工程に関わっているか、その位置づけが転職市場でどう評価されるかは、自社の体制だけを見ていても分かりにくい部分です。各社の決算体制や連結・開示業務の有無を横断的に把握しているに照会すると、今担っている工程がどの水準にあたるのか確認できます。
つまり、冒頭で見た「長く勤めれば年収が上がる」という通説は、20代から30代の一定期間では実際に成立していたものの、その中身は年数そのものではなく、勤めているあいだにどの工程まで担うようになったかでした。40代以降に伸びが鈍化していたのも、多くの人がその時点で担当できる工程の上限に達していたと考えれば説明がつきます。
通説ではなく、自分の数字で判断する
ここまで見てきたように、経理・会計の年収は勤続年数そのものでは説明できません。20代から30代にかけては年数とともに伸びますが、40代に入ると伸び幅は縮み、50代後半では減少に転じます。同じ年齢・同じような勤続年数でも、担っている工程が違うだけで年収に347.0万円の差が生まれることも、厚生労働省の調査から確認できました。差を作っているのは「何年いたか」ではなく「どこまでの工程を一人で回せるか」です。
ただし、この結論を知っただけでは次の一歩にはつながりません。自分が今どの工程まで担っているのか、そしてその位置なら適正年収がいくらなのかを自分の数字として持っていなければ、判断のしようがないからです。記帳中心なのか、月次決算まで回しているのか、年次決算や連結に関わっているのか。同じ「経理」という肩書きでも、この位置によって市場での評価は大きく変わります。
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よくある質問
経理は勤続年数が長いほど年収が上がりますか?
20代から30代の間は年数とともに年収が伸びますが、40代に入ると伸び幅は年5万円程度まで縮み、55〜59歳では前の階級より下がります。勤続年数の長さそのものが年収を押し上げ続けるわけではありません。
年数を重ねても年収が上がらないのはなぜですか?
厚生労働省のデータでは45〜49歳・50〜54歳が労働者数のピークになっており、同じ層に人が滞留しやすい構造があります。年数だけで周囲より抜きん出ることが難しくなるためと考えられます。
公認会計士・税理士と経理担当者の年収差は、勤続年数の違いによるものですか?
平均年齢はほぼ同じで、平均勤続年数はむしろ会計事務従事者の方が長いにもかかわらず、年収差は347.0万円あります。勤続年数では説明がつかない差です。
勤続年数の代わりに何が年収を決めていますか?
記帳から開示までの工程のうち、どこまでを担っているかです。下の工程ほど外注・システム化が進んでおり、年次決算より上に関わっているかどうかで評価が変わります。
今の会社に長くいても上の工程に触れられない場合はどうすればよいですか?
決算が経理部長と顧問税理士だけで完結している、連結やグループ会社がない、非上場で開示業務が存在しないといった体制上の理由であれば、その会社にいる限り年数を重ねても経験は積めません。その業務が存在する規模の会社に移ることが前提になります。