同じ資格、同じ経験でなぜ差がつくのか
看護師の年収は、資格や経験年数だけで決まるわけではありません。同じ資格・同じ経験年数の人を比べても、勤務先が違うだけで年収に数十万円の差がつきます。この差を生んでいる要素は、大きく分けると設置主体と規模・夜勤の回数と体制・配属先の特性・保有資格の4つです。
大学病院や公的病院、規模の大きい法人ほど賞与や手当の制度が整っている傾向があること。夜勤が二交代か三交代か、月に何回入るかで年間の手当額が大きく変わること。手術室やICU、救急など専門性や負荷の高い配属先には手当が設定されていること。そして認定看護師・専門看護師といった資格に手当を出す法人があること。この4つの掛け合わせで、最終的な税込給与総額が決まっています。
ここで見ておきたいのは、この4つが同じ重みではないという点です。
- 設置主体・規模——今の職場を辞めない限り変わりません
- 夜勤の回数と体制——職場ごとに制度が決まっており、個人の希望だけでは動かしにくい部分です
- 配属先の特性——異動である程度は動きますが、法人を超えた選択肢の広さには及びません
- 経験年数・資格——今の職場にいながらでも積み上げられます
つまり4要素のうち3つは、実質的に「今の職場を変えるかどうか」で天井が決まっているということです。経験年数は働き続ければ自然に積み上がりますし、資格も今の職場のまま取得できます。一方で設置主体・規模・夜勤体制は、法人の制度そのものなので、個人の努力では動かせません。年収を「今の職場でどこまで伸ばせるか」だけで考えると、この3つの天井にいずれぶつかります。
逆に言えば、経験年数と資格を今の職場で積み上げつつ、設置主体・規模・夜勤体制という残り3つは転職という手段で選び直す、という分け方ができます。次で見るのは、この「選び直したときに実際どれだけ差が出るのか」という部分です。設置主体別のデータを見ると、同じ勤続10年・同じ非管理職の条件でも、月5万円を超える差が出ています。
私立学校法人と医療法人、月5万5千円の壁
設置主体別のデータで最初に見るべきは、金額そのものより「回答病院数」の欄です。今回の調査に回答した3,122病院のうち、医療法人立は1,700病院で全体の半数を超えています。つまり、看護師の勤務先として最も一般的な箱は医療法人であり、そこでの税込給与総額は321,891円です。
一方、同じ勤続10年・31〜32歳・非管理職という条件で最も高かったのは私立学校法人の377,683円でした。差は月55,792円、年間では約67万円になります。同じ資格、同じ経験年数、同じ役職なしという条件をそろえたうえでこの差が出ているので、個人の能力や努力の差ではなく、勤務先の制度の差だと読むのが妥当です。
私立学校法人には大学附属病院などが含まれ、賞与や手当の制度が比較的整っている傾向があります。これに対して医療法人は数が多い分、規模も制度も法人ごとにばらつきが大きく、平均を押し下げる側に回りやすい立場にあります。ただし「医療法人だから低い」と単純化はできません。医療法人の中にも大規模で好条件の法人はあり、逆に私立学校法人の中にも低い水準の法人があります。あくまで平均としての傾向です。
重要なのは、日本の病院の多数派が医療法人である以上、多くの看護師にとって「今の職場の水準」は全国平均に近いか、それよりやや低い可能性がある、という点です。求人票の月給だけを見ても、その法人が設置主体別データのどのあたりに位置するのかは分かりません。給与体系や賞与実績、法人としての規模感まで踏み込んで確認できて初めて、55,792円という差のどちら側にいるのかが見えてきます。系列病院の給与水準を法人単位で把握しているに相談すれば、この設置主体の違いを踏まえた比較がしやすくなります。
次のセクションでは、この設置主体の差に加えて病床規模の差がどう重なるかを見ていきます。
病床規模も、二者の差を広げる
設置主体だけでなく、病床規模も年収に大きな影響を与えます。日本看護協会の調査では、勤続10年・31〜32歳・非管理職という条件をそろえたうえで、病床規模別の税込給与総額が公表されています。
| 病床規模 | 基本給与額 | 税込給与総額 |
|---|---|---|
| 500床以上 | 277,053円 | 367,565円 |
| 400〜499床 | 265,919円 | 356,773円 |
| 300〜399床 | 261,936円 | 349,128円 |
| 200〜299床 | 250,301円 | 334,951円 |
| 100〜199床 | 244,055円 | 327,773円 |
| 99床以下 | 240,992円 | 319,471円 |
最も高い500床以上(367,565円)と、最も低い99床以下(319,471円)を比べると、その差は月48,094円、年間にすると約58万円になります。設置主体別の差(月55,792円)と近い水準の開きが、病床数という別の軸でも生じていることになります。
注目したいのは、この差が「大規模病院か、それ以外か」という二択で決まっているのではなく、400〜499床、300〜399床、200〜299床、100〜199床と、規模が一段下がるごとに給与も一段ずつ下がる、階段状の並びになっている点です。500床以上と400〜499床の差は月10,792円、400〜499床と300〜399床の差は月7,645円というように、区切りごとの差はそれぞれ数千円〜1万円程度で、突出して大きい段差が一箇所にあるわけではありません。規模が上がるほど賞与や手当の制度が段階的に整っていく、という傾向が数字の並びにそのまま表れていると読めます。
ここで押さえておきたいのは、設置主体と病床規模は別々の軸だという点です。同じ医療法人であっても、99床の診療所規模の病院と500床超の大規模病院とでは、この病床規模差がそのまま乗ってくる可能性があります。逆に、私立学校法人であっても病床数が小さければ、規模による下押しを受けることになります。転職先を比較する際は、設置主体の名称だけでなく、病床数もあわせて確認することで、より実態に近い比較ができます。
ただし病床規模が大きい病院ほど、配属先によっては夜勤回数や業務負荷が増えるケースもあります。年収の数字だけでなく、その病院の夜勤体制がどうなっているかも、あわせて確認しておく価値があります。
東京と地方、その差はそのまま得なのか
年収だけを見ると、東京都(368,280円)と宮崎県(294,968円)の差は月73,312円、年間では約88万円にもなります。都道府県別の税込給与総額で全国トップとボトムを比べた数字で、同じ勤続10年・31〜32歳・非管理職という条件をそろえてもこれだけ開きます。
ただし、この差をそのまま「東京の方が得」と読むのは早計です。この調査は給与額だけを比較したもので、生活費の差は一切含まれていません。家賃はもちろん、通勤にかかる時間や交通費、保育園などの生活インフラのコストも、都市部と地方では大きく違います。年収で88万円上回っていても、家賃の差だけでその大半が相殺される、というケースは十分に考えられます。
もう一つ見落としやすいのが、この差が「同じ働き方」を前提にしている点です。夜勤の想定回数(二交代で月4回・三交代で月8回)は都市部でも地方でも同じ条件でそろえてあるため、実際の職場ではこの前提からずれることがあります。地方の病院の方が人手不足で夜勤回数が多くなる、あるいは逆に都市部の大規模病院の方が交代要員が多く夜勤負担が軽い、といった違いは、この都道府県別データには出てきません。
つまり、都道府県別の差は「引っ越せば得をする」という単純な指標ではなく、同じ地域内でどの設置主体・どの病床規模の病院を選ぶかという、これまで見てきた軸と掛け合わせて考えるべき数字です。地方であっても私立学校法人や大規模病院を選べば、全国平均を上回る水準に届くことがありますし、東京都内であっても医療法人の小規模病院であれば、平均に届かないこともあります。
地域を動かすかどうかを決める前に、まずは今の勤務先が設置主体・規模の面でどのポジションにあるかを確認しておくと、後で見る転職パターンの判断材料になります。
上がる転職と、変わらない転職の分かれ目
看護師の転職は、動けば必ず年収が上がるというものではありません。上がるかどうかは、今いる箱と次に移る箱の条件差で決まります。ここまで見てきた設置主体・病床規模・地域の差は、裏を返せば「どちらの方向に動くか」で結果が変わるということでもあります。
| 移り先のパターン | 年収への影響 | 理由 |
|---|---|---|
| 規模の大きい法人へ移る | 上がりやすい | 賞与・手当の制度が整っていることが多いため |
| 夜勤の条件が良い職場へ移る | 上がりやすい | 夜勤手当は年収への寄与が大きいため |
| 専門性の高い部署へ移る | 上がることがある | 部署手当・資格手当が設定されている場合があるため |
| 同規模・同条件へ移る | 横ばい | 箱が変わっていないため構造的に上がらない |
| 日勤のみ・クリニックへ移る | 下がりやすい | 夜勤手当がなくなる分がそのまま減るため |
この中で唯一注意が必要なのが、最後の「日勤のみ・クリニックへ移る」ケースです。下がることを承知のうえで、生活リズムや通勤負担の改善を優先して選ぶのであれば、それは合理的な判断です。問題になるのは、下がると気づかないまま決めてしまうことです。
求人票に書かれている「月給◯◯万円」は、多くの場合そこに夜勤手当が含まれていません。含まれているように見えても、想定夜勤回数が明記されていないケースが大半です。同じ「月給30万円」でも、夜勤月4回を前提にした金額なのか、夜勤なしの日勤専従なのかで、年間の手取りは数十万円単位で変わります。この内訳を求人票の文字数だけから読み取るのは、現実的にはほぼ不可能です。
配属先ごとの夜勤回数の実態や、部署手当がどの職種にどれだけ配分されているかといった、書面には出てこない条件を把握しているに確認すれば、応募前の段階でその職場が「上がる移動」なのか「横ばい」なのか「下がる移動」なのかを、ある程度見極めたうえで判断できます。
大事なのは、上がる転職だけが正解ではないという点です。夜勤を減らして年収が横ばいになるなら、それは条件の交換として成立しています。避けたいのは、交換の中身を知らないまま結果だけを受け取ることです。
どちらが自分に合うかを決める前に
ここまで年収の仕組みと、地域・規模ごとの実際の差を見てきました。とはいえ、大きい病院を選ぶべきか、小回りの利く職場を選ぶべきかは、人によって答えが変わります。夜勤の負担をどこまで許容できるか、家族の状況、キャリアで何を優先したいかによって、同じ「年収67万円の差」でも重みが違うからです。
ただし、どちらを選ぶにしても、そもそも自分が今どのくらいの年収を得られる立場にあるのかが分からないままでは、比較の土台が作れません。設置主体別・病床規模別のデータは全国平均であり、自分の年齢・経験年数・保有資格・勤務地によって、当てはまる水準は変わります。「私立学校法人だから高い」「医療法人だから低い」と単純化する前に、自分の条件ではどのレンジに位置するのかを確かめる必要があります。
そこで役立つのが、元記事にある年収シミュレーターです。職種・年代・希望する働き方の方向性を選ぶだけで、30秒程度、登録不要で目安が分かります。今回見てきたような設置主体・病床規模・都道府県別の差を踏まえたうえで、自分がどのあたりに位置しているのかを先に把握しておくと、その後にどの職場を検討するにしても、提示された条件が高いのか安いのかを自分で判断できる基準を持てます。
大きい箱を選ぶか、小さい箱を選ぶかは、最終的には価値観の問題です。ですが、その判断を「なんとなく」ではなく「自分の適正年収を知ったうえで」下せるかどうかは、結果に大きく影響します。まずは現在地を確かめるところから始めてください。
よくある質問
私立学校法人と医療法人、看護師の年収差はどれくらいですか?
日本看護協会の調査(勤続10年・31〜32歳・非管理職)では、私立学校法人の税込給与総額377,683円に対し医療法人は321,891円で、月55,792円・年間では約67万円の差があります。
病床規模の違いは年収にどう影響しますか?
同調査では500床以上が367,565円、99床以下が319,471円で、月48,094円・年間約58万円の差があります。病床規模が大きいほど給与が高くなる傾向が階段状に出ています。
都道府県による差は、そのまま年収の得を意味しますか?
東京都(368,280円)と宮崎県(294,968円)では月73,312円・年間約88万円の差があります。ただしこの数字は生活費を含まないため、家賃や通勤事情を差し引いて考える必要があります。
転職すれば年収は必ず上がりますか?
上がるとは限りません。規模の大きい法人や夜勤条件の良い職場へ移れば上がりやすい一方、同規模・同条件への移動は横ばい、日勤のみやクリニックへの移動は夜勤手当がなくなる分、下がりやすくなります。
求人票の月給だけで二つの職場を比べられますか?
比べにくいです。月給には夜勤手当が含まれていないことが多く、含まれていても想定夜勤回数が書かれていない場合があります。比較する際は年収ベースかつ想定夜勤回数を揃える必要があります。